【008】飯館村「村民の集い」参加

2011/07/28 6:34 に Hiroshi Nakayama が投稿   [ 2012/11/18 10:33 に更新しました ]
 飯館村は4月下旬に計画避難区域に指定され、5月末が避難完了のめどとされています。
これに先立ち、5月25日に村民集会が開かれました。
 ルーツが飯舘で知り合いがたくさん居る大石ゆい子さんに誘われて、このイベントに参加しました。

 約300人の人たちが集まって「離れる前につながりを持ってもらえたら、何カ月か何年か後にまたやれればいい」とのあいさつの後に村民集会。
 それから飯舘村とは縁が深い加藤登紀子さんのライブ。最後に唱歌「故郷(ふるさと)」を参加者全員で合唱し、「住民が安全安心できる、避難対策の完全実施」などを求める決意宣言を読み上げ、「負げねど」を皆で三唱しました。

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飯館村は、ほんとうにきれいなところです。

夕方に到着しましたが、飯舘の夕陽はほんとに綺麗で……
日本の原風景というか、子どもの頃からずっと見てきたような景色です。


 夕焼けが美しい飯舘の空と山                                                「日本でもっとも美しい村














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「村民の集い」では、6人の方がそれぞれの想いを語られましたが、
こんなに美しい理想郷のような場所を離れねばならない無念さが、ひしひしと伝わってきました。

◎電気を使わない生活をしてきたのに、
 原発に追い立てられることになって悔しい
◎どんなことになっても、親として生きる術を
 子どもに見せていきたい。
◎村民の皆さんがほんとに好きです。
◎村のみんなが手を取り合ってやっていこう。
◎放射能を除去して必ず戻ってこよう

などの言葉に、皆さんのやるせない想いを共有するとともに、
一日でも早く戻れることを祈らずにいられませんでした。



つづいて、菅野村長の挨拶

◎村民にはまったく悪いところがないのに全村避難になってしまった
◎皆が生まれ育ち嫁いだところを、良いところにしたいと思って
 20年間一生懸命やってきた。
◎平凡な毎日や家族がいかに大切かにあらためて気づく。
◎「までいライフ」でやってきた引き算の暮らし方を
  今一度しっかり心に止めたい。
◎辛い生活をさせることになるけれども、
  夢とか希望とか目標とかを見出していきたい
◎また飯舘村で暮らせる日を思い描きながら
  一緒にやっていこうではありませんか


加藤登紀子さんが弾き語りをしましたが、心にしみるものでした。最初に歌ったのは「花」
 川は流れて どこどこ行くの

 人も流れて どこどこ行くの
 そんな流れが つくころには
 花として 花として 咲かせてあげたい

 泣きなさい 笑いなさい
 いつの日か いつの日か 花を咲かそうよ
 泣きなさい 笑いなさい
 いつの日か いつの日か 花を咲かそうよ


「人も流れて どこどこ行くの」という詩に、散り散りになってしまう村の人たちの想いが重なるように感じてしまいました。

加藤さんは、「花は散っても春になるとまた芽をふく。生き物はみな新たな命を育む。皆さんも、また花を咲かせるときがきっとくる。」という話をしましたが、たしかにそうですね。

暖かいトークを交えながら「百万本のバラ」や「知床旅情」などのナンバーを唄った後に、
会場の皆さんと「上を向いて歩こう」を一緒に歌いました。
最後は「ふるさと」を合唱。

歌詞の三番は、
 志を果たして
 いつの日にか帰らん
 山は青きふるさと
 水は清きふるさと


青かった山は汚染されてしまい、
清かった水は飲めない水に、 
…………じ~んとくるものがありました。













飯舘村の方たちの想いを胸に刻んで、夜道を南相馬まで戻りました。
「いつの日にか帰らん」・・・を強く願います。